誰かのために、
プロとして誇れる家づくりを。

アルバイト感覚で飛びこんだ大工の世界。
厳しさを体感し、自分を見つめ直して行き着いたのは、プロの技術で実現する、
人にやさしく、環境にやさしい木の家づくり。
生活を支える全てのモノと、それを作った人々に感謝しながら、
自身も常に誰かのためにモノづくりを続け、循環型社会の一端を担う。

大工のいろはを教えてくれた
親方との、出会いと別れ

大工の弟子入りをしたのは、私が21歳のとき。
大工になりたいという明確な意志があったわけではなく、アルバイト感覚のような軽い気持ちでした。
そこで、工務店の筆頭大工である親方に出会いました。
何も知らない私に、はじめて大工の技術や誇りを教えてくれた親方。
腕がよく真面目な方でしたから、いい加減な仕事をすれば、「手を抜くな!」と厳しく叱られたものです。
ところが、私が弟子入りして2年半が経ったとき、親方が現場で急死しました。
突然のことでした。
私は、悲しみに暮れる暇もなく、工務店の社長に言われるがまま、棟梁として親方の仕事を受け継ぐことに。
それから2年ほどは、親方へのせめてもの恩返しにと売り上げたお金を親方の奥さんに渡し、御礼奉公をしていました。

大工から工務店へ、人生をかけた
再スタートを切る

1998年、私は御礼奉公が終わり、中瀬古組を立ち上げました。
棟梁としてはまだまだ半人前でしたが、目をかけてくれていた工務店の社長が、引き続き私に仕事を回してくれました。
先のことなど考えず、1人前の棟梁になろうと、ひたすら目の前の仕事に一生懸命でしたね。
数年経つと、管理や設計まで任される仕事が徐々に増えていきました。
工務店として家づくりがしたいという気持ちが強まっていったのは、この頃からです。
しかし、施工だけを任される大工とは違い、管理や設計まで行う仕事がいかに難しいことか。
痛感させられました。
その時はじめて、独立してから大工の仕事に慣れきってしまい、慢心していたのだと気づきました。
かと言って、今さら他の職業を一から学ぶには時間がかかりすぎる。
私は、10年かけて培ってきたこの仕事への技術、知識、プライドを、残りの人生の全てをかけて磨いていこうと決心しました。
そして2007年、中瀬古工務店として新たなスタートを切ったのです。

家づくりを見つめ直し、出した答え

新築一戸建ての受注から設計、施工、管理までをトータルで請け負うようになり、勉強すべきことが増えました。
しかし、勉強すればするほど、新しい壁が目の前に立ちはだかります。
自らの技術の未熟さ、知識のなさを思い知り、苦悩する日々が続きました。
しかし、ここまできたら勉強するしかない。
そう思い、現場で体を動かしながら、仕事が終われば住宅建築における全てを勉強しなおし、とにかく朝から晩まで働きました。
この頃から、他社の工務店からの依頼ではなく、私が直接依頼を受け、施主様と相談しながら家づくりをすることが増えていきました。
そのなかで、家づくりに対する考え方に変化が生まれました。
どういう理屈でものをつくり、誰のために、そして何のために提供するのか、自問自答の毎日。
そして行き着いた答えが、施主様の目線に立って設計や施工を行いたい、という思い。
施主様にとって、帰りたくなる家、居心地のいい家を作りたいという明確な目標です。
同時期に、国産材で建てる木造住宅の普及啓蒙活動を行う「MOKスクール」や、国産材を使用した家づくりを行う工務店が集まる「NPO法人 環境共棲住宅地球の会」に出会い、木の家づくりの魅力にあらためて気づかされました。
木のぬくもりを感じられる家が人にやさしいこと。
それだけでなく、国産材を使うことで環境保全にもつながること。
そして、こうした本当に良い家を考え提案することが、私の仕事なのだと。

大工の手仕事には、
唯一無二の価値がある

大工の価値について考えることも増えました。
今では工場で木材を加工するプレカットが主流になり、「墨付け」や「手刻み」といった手仕事の意義は薄らいでしまいました。
しかし、家づくりの根底にはやはり職人の手仕事があり、その延長線上に家づくりの全てがあります。
技術の研鑽を怠っていては、ますます大工不足や大工の価値の低迷を招いてしまうでしょう。
自らの技術に誇りを持ち、大工になりたいと思う若者が増えて欲しい。
そう考え、2014年には若手大工の育成を目指す「関西大工の会」を立ち上げました。

ここからが本当のはじまり

2019年、木の家のモデルルームが完成。
これまで自分が考え、取り組んできたことが形になり、これから目指す家づくりのスタートラインにようやく立つことができたと感じています。
生まれた瞬間から、私たちのまわりにはモノが溢れていますが、それらは全て誰かが作ってくれたものです。
つまり生まれた瞬間から、私たちはいろんな人に支えられているのです。
決して一人では成り立たない社会。
だから私はモノを作ってくれた人々に常に感謝の気持ちを抱いています。
そして私自身もまた、建築というものづくりの現場で働く以上、プロとしての業をなし、誰かのために必要とされ喜んでもらえるものを作り続けたい。
それが、循環型社会に生きる自分の使命だと確信しています。
これからも、「誰かのために」をモットーに、社会に貢献し続けていきたいと考えています。

中瀬古 優一

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